社会主義はわれらのもの 歌詞日本語訳
自ら決めた道を われらはまっすぐゆく
ほかの人々が捨てても われらは捨てない
社会主義はわれらのもの
社会主義はわれらのもの
わが党が赤旗で守ってくれる
社会主義はわれらのもの
他人のやり方 他人のホラに われらは従わず
風が吹こうと われらは揺るがない
社会主義はわれらのもの
社会主義はわれらのもの
わが党が赤旗で守ってくれる
社会主義はわれらのもの
人民が 選択した 社会主義は
誰もが 暮らしよい 楽園なのさ
社会主義はわれらのもの
社会主義はわれらのもの
わが党が赤旗で守ってくれる
社会主義はわれらのもの
日本語訳だとわかりにくいのですが、「わが党が赤旗で守ってくれる」は次の行の「社会主義」を修飾していて、「わが党が赤旗で守ってくれる社会主義はわれらのもの」という一文になります。
この歌は、歌詞の内容や1992年という時代背景からも明らかなように、ソ連、東欧、中国などで連鎖的に起こった社会主義を「捨てる」動きに対応して作られた歌です。同種の歌としてはほかに、1991年の「社会主義を守ろう」が有名です。
「社会主義はわれらのもの」では「ほかの人々」が社会主義を捨てていることを明言している点、このテーマについて「社会主義を守ろう」よりも単刀直入に述べていると言えるかもしれません。しかし気になるのは、「社会主義を守ろう」では「人民大衆中心の我々式社会主義」に言及して《彼らの社会主義》と《われらの社会主義》が別のものであることを示唆しているのに対し、 「社会主義はわれらのもの」では《彼らの社会主義》と《われらの社会主義》が同じものであるかのように扱われていることです。なにしろ、ソ連のペレストロイカや中国の改革・開放を目の当たりにした共和国は、《彼ら》が社会主義を捨てようとしている気配を感じ、1980年後半には既に《彼らの社会主義》と《われらの社会主義》を区別する理論を完成させていました(c.f. 金正日「チュチェ思想教育における若干の問題について」1986年7月15日〈いわゆる7・15談話〉)。なので、この歌には「あれ?」という気がしないでもないです。